ふじうら旅日記
6日目
その2
ふたたびツェチュへ。
若い世代は真剣に見なくなっている様子。
昼飯をすませて、もう一度ツェチュを見に行く。食事中にけっこう強い雨が降ったのでゾンの中庭は水浸し。皆が物を食べた残骸が混じって汚い。晴れ着の娘たちは可愛そうに裾を高く上げて歩いている。普段は中に厚底サンダルを履いて裾は目一杯下げてスタイルを良く見せているのだけど。
座っていた家族たちも席を失って立って見ている。先ほどまで一体感があったのだが、立っていると踊りに集中している者と勝手なことをしている者が出てくる。雨ひとつで失われる家族のキズナなのであった。
先ほど踊っていた地獄の動物たちが今度は太鼓を手にしていた。カルマの言うところの「ここでお近づきになっておけば将来あの世で助けてくれる」という地獄の動物軍団である。そのせいか、真剣に見ている人も多い。カルマが「好きな踊りだ」というのでしばらく注目してみたが、私はすぐに飽きてしまった。
カルマの横顔をちらちら見ると熱心に見ている様子なので声をかけるのをガマンする。
女の子たちは出し物そっちのけで地面にしゃがんでお喋りしている。ティンプーの娘たちは長髪で、一応はおしゃれなのだが日本の基準で言えば枝毛がすごく多い。まだ「トリートメント」までは手が及ばないのだろう。むしろ男の子たちの短髪のほうがグリスを塗ったようにつやつやしている。
娘たちは一様に厚底サンダル。なかにはパンプスを履いた子もいる。思いなしか、そのパンプスの子がリーダー役のように見えた。金持ちか美貌かセンスか、どれかが他を圧しているのだろう。
カルマが動物たちの太鼓踊りを見ている間、暇だったので寺院の奥のほうへ行ってみた。警備員がいて、禁じられた地域方面に歩いていくと、遠くから近づいてきて牽制する。とくに縄などは挽いてないのだが、その境界に近づこうとすると歩み寄ってくる。
男の子が寺院の階段に座ってゲームボーイをやっていた。その近くに母親らしい女もいたが、別にとがめる様子はない。
ツェチュに対する人々の気持ちもどんどん変化しているのだろう。伝統は確実に破壊されつつある、という光景だ。
ようやく動物の踊りが終った。カルマに「熱心に見ていたね」と聞いて見ると、「実は私も眠かった」なんてことを言う。なんのこっちゃ。ガマンして損した。
とりあえずツェチュも見飽きたし、観光するところもない。「お茶でもしますか」とスイスベーカリーに行く。昨日と同じようにこの後は自由行動ということにした。ちなみにスイスベーカリーのトイレはドアだけは電気ロックでモダンなのに中はツタンカーメントイレで紙もない。そのうちに変わることだろうが、いまのところ「洋風の店だから」と期待しないほうがよろしい。
さて、カルマたちと別れて再び買い物に行く。が、小さい町だし昨日一応覗いたのでたいしたインパクトはない。だらだら見ていたら食料品店がある。
「スナック菓子があるなあ」
ヲサム君はなんとなく職業意識が芽生えて中に入った。すると、、
「おっ」
ヲサム君の勤める会社の「か〇ぱえ〇せん」が売ってあるではないか。「あー、すごい」「写真撮ろう」。店の女主人が都会的な感じのする美人だったのでついでにその人の写真も撮る。
今日は雨模様だったのだが、また雨粒が落ちてきた。エトメトの近くの地元のジューススタンドみたいなところに入って雨宿りする。ブータン製のリンゴジュースとコカコーラ、どちらも15ニュルタムである。レストランでは45〜60ニュルタムだ。
この店で時間をつぶしていたら地元の若者が入ってきて、大きな携帯電話で話している。ティンプーのビジネスマンらしい。ここは地元のたまり場なのだ。
雨が強くなった。しばらくぼっとしている間も店のおばさんはカウンターの中であれこれ働いている。よっこいしょと鍋をカウンターの上に持ちあげた。先ほどの若いビジネスマンが立ち上がってその鍋の中をのぞく。真っ赤だ。唐辛子を煮込んだものか。いや、煮たらこの色は消えてしまう。これは生だ。
「これは?」「イヅィよ」。やはり。見かけは相当違うけど、こういうのはイヅィなのだな。他の鍋にも煮込みや赤米があって美味そうー!うーむ。ここで食べちゃおうかなあ。しかし今日は地元の店に行くことになっているからガマンしよう。このあたりがガイド付き旅行のつらいところである。
強引に「地元の店」に連れていくように
頼んだのだが、さて、、、
そろそろ時間が近づいたので待ち合わせのスイスベーカリー前へ行く。カルマとミンジュはすでに待っていた。民芸センターの前に駐車してあるのでクルマを出すのを待っていると、「中に入ろう」という。え?どういうこと?
カルマはアート&クラフトセンターの建物に入り階段を2階に上がっていく。2階にあるのはレストラン「BLUE POPPY」である。有名店ではあるが、典型的な外国人向けレストランではないか。どういうつもりだ。
店の前で押し問答。「もうこの店を予約している」「その店はエトメトの提携店ではないから自費で払って後で精算することになる」「不潔だ」「水だってミネラルウォーターでなくローカルウォーターだ」と、さんざん抵抗するカルマとミンジュに、すべて「かまわない」と答え、ともかくもブルーポピーをキャンセルさせてクルマに乗り込む。
カルマとミンジュは正社員じゃなくてバイトなので、それだけマニュアルに忠実なのだろうし、事故が起こったときの責任を取れないから会社の指定に従おうとするのかもしれない。それであったとしても、残された数回の食事の機会くらいは好きにさせてもらおう。ヲサム君も言い争いのせいかやや高揚している。
連れていかれたのはメインストリートより川側の通り。水溜りに注意しながらカローラを降りると、ビルの窓に赤い灯が怪しげに灯っている。例の「蛾がいる」レストランに行くのか。
階段を上ると便所の匂いが臭い。なるほど。
「いけるかな」と思ったのだが、見えてきたのは「やきとり」の赤い提灯。なんか変だが「貧乏な店だから意味もわからず日本のチョーチンを使っているのだろう。ケナゲなやっちゃ」と無理にも前向きに考えて店内に入る。
しかし。
あれれー、、?日本語メニューがある。
ここは「S.N.S」。ガイドブックにも載っている「日本人ご用達の店」ではないかあ。メニューにはスキヤキやカツ丼もあるぞお。
がっくし。たしかに白人客はいない。が、私たちが行きたかったのはこういう店ではない!
ヲサム君は「やられた…」とすっかり力を落としている。そこに流れてきた音楽は「北酒場」。そして「北国の春」。
ヲサム君は「Are you happy ?」と笑顔で問い掛けるガイドの質問に気丈にも「yes」と答えた後、「そう言うしかないだろ…」と日本語で吐き捨てるようにつぶやく。
さらに追い討ちをかけるように、そこにコバヤシ夫妻とガイドのドルジが入ってきた。彼女たちもこの店で夕食らしい。そういえばオオヒラさんも「知り合いの日本食の店に連れていかれてその後オールスターというクラブに行った」と言っていたなあ。
なにもかもたくまれているような気がする。さっきの口論はなんだったんだ。あんなに「地元の人の来る店」と言ったのに、それでもエトメトの手のひらの中から出られないのか。
実のところ、この店のブータン料理はそう悪いものではなかった。そこそこ辛かったし、酒の価格も適正だった。しかし、北酒場を聞きながらブータン料理を食べる哀しさを、ここのガイドたちに理解してほしいと言っても無理なことなのだろう。
表紙へ
サラタビへ
ヲサムへ
前へ
次へ