ふじうら旅日記
6日目
その1
ティンプーの祭り当日。
地元の人に混じり、石床に座って踊りを見る。
ティンプーのツェチュの日が来た。7時に起きて昨日と同じレストランで朝食。白人客が多く、BBCのニュースに注目している。事態はあまり変わっていないようだが、パキスタンが画面に映るとちょっと不安そうな表情で画面をのぞきこんでいた。
9時前にゾンへ。途中の道にはもう晴れ着の人が多い。カルマもミンジュも祭り用の晴れ着に着替えてきていた。なるほど。案外渋い趣味なんだなあ。ぼっと見ていると派手な金糸銀糸ばかりが目に付くが、二人が着てきたのは深い色合いの地味なものだった。男の着物に似たものを感じる。
さすがに立派なゾンである。ゾンの隣が国防省というのも、宗教と政治と軍事が結びついた体制の国らしい。
入口で持ち物検査。男女に別れて、女性のほうは婦人警官が調べている。カメラはOKなのでなにか危険物を持っていないかチェックしているようだ。時節柄だろうか?
ゾンの中はすでに半分以上観客で埋まっている。踊りが始まる少し前らしい。子供を布で背負った母親の姿はワンデュポダンでも見たが、背中の子供まで金糸で彩られた晴れ着を着ている。よだれで汚れるだろうに。
多くの人にとってツェチュは「服を見に行く場」であるらしい。すなわち「服を見せに行く場」ということでもある。
それにしても全身鮮やかな錦のゴを着ている男性を見ていると、落語「錦の褌」を思い出す。与太郎が和尚に借りた錦の袈裟をフンドシにして吉原に行く噺だが、「ゴワゴワするよ、おっ母あ」と文句を言っていた。あのゴもゴワゴワするのだろうか。
まだ始まる前なのでアチャラが間つなぎをしている。ウォンデュポダンのアチャラとティンプーのアチャラのやることは同じだが、いくぶん芸風が違う。ティンプーのほうが「都会的」で、しつこい繰り返しが少ない。田舎風のクサい芸はここでは流行らないのね。
通路に立って見ていたら警官が「そこは通路だから移動しろ」という。うろうろしていたら幸い観客の中に座ることができた。
いったん座ると周りの人が立ったり座ったりする度にだんだん居住スペースが大きくなる。自分の敷物の上に他人が座ってもあまり文句を言う様子はない。外国人だからかな。
そうやって「地元の目線」で見ていると、なかなかこれはいいものである。目よりも高いところで踊り子は回転し、跳び跳ね、その背景に空がある。
ワンデュポダンよりも近いところで見ることができたので踊り手の衣装の細部も見ることができた。確かにこれは衣装を見るだけでも眼福という感じのものである。色も綺麗だが、骸骨などの意匠も強い印象を与えるデザインだ。
突然その座った客の間を靴を履いたまま通りぬける大男がいた。地元客がみんな遠慮しあって調和しているのに場違いな洋服を着た白人客がのしのしとその中を歩き、敷物を靴で汚しながらいちばん前に行きどっかと座り込んだ。人の膝を蹴っても振り向きもしない。
傍若無人の振舞いだが,誰もとがめない。警備の警官も地元民には厳しいのにこの白人には何も言わない。きわめて人種差別のあしらいである。
好奇心旺盛で英語も上手な娘たち。
隣に座った異邦人にいろいろ話しかける。
コバヤシ夫妻が民族衣装を着てやってきた。隣に座る。よく似合っているが、「こんなに陽射しが強くて暑くないですか?」「それほどでもないです」。ちょっと照れてる様子もあった。
外国人が隣に座っているので、周りの席からいろんなものが回されてくる。プラム、干チーズ。干しチーズは白く固く乾燥していて、はじめのうちこそ少しはチーズらしい味がするが、すぐ味はなくなる。そのくせ固くていつまでも飲み込めない。お返しにオオヒラさんから貰ったリンゴをあげたら受けていた。ありがとうオオヒラさん。
日本語でメモを書いていたら隣の席の女の子が覗きこむ。コバヤシさんたちには別の女の子たちがきれいな英語で話しかけていた。英語は上手だし好奇心旺盛。この国の未来はこのような女性たちにかかっているのかもしれない。
とはいえ二つほど出し物を見たらそろそろ飽きてきた。思えばワンデュポダンでもツェチュの一日目、きょうもティンプーの一日目だから演目は同じものなのである。正面から陽があたってまぶしいのを理由に適当に切り上げて、いったん駐車場に戻ることにする。
ところが駐車場で待っているはずのミンジュがいない。まあいいや、と時間つぶしにその辺りを散歩する。酒も売っている食料品店が混んでいるのは祭りの飲み物を買っているのだろうか。
コスモス畑が広がって、そのむこうにティンプーの町並みが見える。美しい眺めだ。
ヲサム君がカルマに日本の恋占いを教えはじめた。コスモスの花を一輪取ってはなびらを一枚づつ剥きながら「スキ 」「キライ」というアレだ。
カルマは「スキ」「キライ」「スキ」「キライ」と神妙な顔でやりはじめ、最後の一枚が「キライ」になってしまったので本当にしょげた顔をした。すかさずヲサム君が茎を放り投げて「スキ」にしてしまったので事無きを得たが、カルマがそうなのかブータン人がそうなのか、占いを遊びというよりもっと真剣なものととらえているようにも見えた。
カルマはもういちどやってみてこんどは「スキ」になったのでニコニコしている。やっぱり遊びかなぁ、、
長屋のような、古い共同住宅の庭を抜ける。もちろん木造。「高床式」というか、床下がかなり大きく空いている造りだ。煮炊きは薪(マキ)である。各戸にそれぞれ燃料用の薪が積んである。「貧富の差はあまりない国」ということだったが、いま訪れている変化に着いて来れない人もいるだろう。経済格差は拡大していかざるをえないだろうと思う。
駐車場に戻ったらミンジュがいた。「何していた?」「え、待っていたよ」。と、とぼけている。大方晴れ着の娘にでも付いていったのではないかな。
昼飯は昨日と同じPALM'S CAFE。工夫がないなあ。この店はどうやらエトメト御用達らしく次々とガイドが客を連れてくる。晩飯には注文をつけたが昼飯は何も指定していなかったなあ、とちょっと悔やむ。夜に期待しよう。
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