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クロサカご夫妻は買い物に出かけて留守の様子。あらかじめそうなる可能性を聞
いていたので傘だけお借りして、ビッキーにお愛想してふたたび出る。満天望
は海にも近いが、八丈島の観光の中心地である玉石垣の地区も徒歩圏内であり、
立地は素晴しい。美を競って咲く白百合や巨大なアロエなどを見ながら歩いて行
くと馬路(うまみち)と呼ばれる伝統的な地区に着いた。
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昔の民家が保存されているというので見に行くと、入り口にいた方に
「あんたたち何人?」と聞かれた。「四人です」「あー、悪いけど今日はもう終
わりだからこれでも食べて」とせんべいを四つくれた。どうやらもう閉める時間
らしい。「見てもいいんですか」「いいですよ。建物の中に入ってもいいよ」
八丈太鼓を叩いて聞かせてくれるという老人もにこにこしながら
帰っていかれた。
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ここには鍵もなにもない。その民家の縁側に座ってくつろいだ。せんべいを食
べるのは久しぶりだ。
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次に八丈島歴史民俗資料館に行くと、案の定「もう閉演15分前だけど」と言
われてしまった。「明日は来られないの」「明日は帰るんです」
「じゃあしょうがないなあ」と入場料を取らずに入れてくれた。かえってトク
したようなものである。流人の歴史などを読んでそれぞれ感慨に耽っていると、
お!「ヲサム君ヲサム君!」「なんですか」「これこれ!」ヤシガニの標本
があった。「いるんだねー」。
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この資料館は展示物も興味深いが、建物が素晴しい。「以前は何
だったんだろう」「学校かなあ」「役所かも」と不思議がりながら庭に出
てみると、足がたくさんあるタコノキの隣にやたら立派な碑があった。
御行記念碑とある。どの天皇だろう。
ひょっとすると、この建物は海軍だったのかもしれないな、とふと思った。連合艦隊を統率すべく南海の要塞たる
八丈島を観閲した記念なんじゃないかな。
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この想像には根拠はなく、事実かどうかはわからない。ただ八丈には立派な
軍用道路と多数の塹壕があり、島伝いに首都を陥落されないための防衛基地
だったのは史実である。硫黄島からもそう遠くはない。展開によっては沖縄と同
じことがここでも起こったかもしれないのだった。
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雨があがった。そろそろ満天望に帰ろうと海のほうに向かうと、夕焼けが見
えてきた。八丈小島が夕陽に浮かんでいる。
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いい気分でいると、ヲサム君の携帯が鳴った。仕事の電話である。ここは東京都
なのだ。ヲサム君が営業トークしている間まわりの草むらを眺めて、今日食
べたような笹の子を探していたら、小さな蝸牛(かたつむり)が草の葉に
乗っていた。
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