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バスに乗りかけていたのは別の旅行者で、なにやら温泉の場所を聞
いているらしい。乗り合わせたおばさんたちが親切に説明していた。運転手は若
い男でぶっきらぼうに「あんたたちどこ行くの」と先頭になったヲサム君に聞
いている。なんか態度悪い運転手だなあ、とそのときは思った。ここから終点の
末吉までのバス代は240円。林の中を抜け海が見えてきて灯台を回り込
むとほどなく終点に着く。「見晴しの湯」は目の前だ。おばさんたちはバスを降
りても先ほどの旅行者に「そこに行きたければこの道を降りて、、」と案内
している。
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まだ1時。次のバスは3時15分だから、時間はたっぷりある。普段はそれほど長湯
ではないのだが、ゆったり湯浴みすることにしよう。入湯代は500円である。
二つ風呂があって毎日男女が入れ替わるそうだが、今日は右側が男湯だ。少
しぬるめで塩味のする湯だが、気持ちいい。外へ出て名代の「見晴しの湯」に
入る。
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ああ、なるほど。露天風呂とうたっている風呂もいろいろあるが、これだけ眺
めのいい風呂も珍しい。視界が開け、眼下に海、遠くに漁港がある。
「こりゃすごい」。ヲサム君が立って海を見ている。逆から見たら丸見えだ。
「写真を撮りましょう」
「おお、いいね」
「次は3人並んで撮りましょう」
「いいねえ」
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コバヤシさんも乗ってセルフタイマーで三人の見晴しの良い姿を
撮る。
「いま、シャッター降りた?」
「念のため、もう一枚撮りましょう」
マユミさんにはこの話をしなかったので、後で現像に出したとき帰りの道で絶句
したそうである。が、それは帰ってからの話だ。
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そう長く入浴してもいられないので、休憩所(宴会場みたいでもある)へ行く。
このあたりの地図に混じって同窓会誌のようなものが置いてある。どうやらこの
地区の末吉中学校が廃校になったらしい。高齢化はここでも進んでいるようだ。
昼寝をしたり「料理の鉄人」を見たりしているうちに3時が近付いた。時間
があれば灯台に行ってみようかと思ったが、雨が降っているので中止。帰りの
バスに乗り込む。
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バスの運転手はさっきと同じ無愛想な若者だった。「あんたたちどこに行
きたいの」ヲサム君にタメ口で話している。満天望と言ったら了解
したらしい。帰りはたしか400円だったと思う。乗客はほとんど老人で皆
パスを持っている。このバスは地元の老人にとって重要な足
になっているようだ。見ていると、バスに乗っている人と停留所で待っている
人が荷物を交換して「チンして食べてね」と言っていたり、乗ってきた老人が
パスを見せながら小さな飴玉をこの運転手に渡したり、微妙な地元の交流が行
われている。
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そのうちにだんだん分かってきたのだが、この若い運転手は横柄でも無愛想
でもないのであった。バス経路にはもうひとつ別の温泉施設があって、そこでは
老人たちはバスが自分たちに気付くように傘をさして立っていたのだが、
そこで降りる老婆に運転手は「雨が降るで入っており」というようなことを
小声で言った。察するに『その老婆は帰りにもう一度このバスに乗るだろう。
そのときはわかっているから表に出ている必要はない。雨が降っているから中に
入っていろ』ということをこの一言で伝えたらしい。この若い運転手は単に
口下手なのであった。
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そのサービス業には珍しいほど口下手の運転手は、根は親切だったので、
満天望に近い為朝神社の前で下ろしてくれた。いい人でよかった。
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為朝神社は小さい神社だが、なんとなく陰鬱な重みがあって近付
きがたいものがあった。
ただ雨のせいでそう感じただけかもしれない。
いったん宿に帰って傘を借りて出直すことにする。
道脇に為朝の椅子石と耳石がある。為朝の椅子石に
座り、しばし天下の情勢に思いをめぐらす。「そういえばボロブドゥール
でもこういうことやったなあ」行動は全然成長していない。
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