ぐっすり眠ったら気分が変った。 ふたたび旅を続けたいという意欲が復活している。起きたのは7時過ぎ。洗濯をして、部屋の中にロープを張り巡らしたまま朝食を食べに行く。途中でメイドとすれ違ったので「まずいかな」と思ったが、帰ったらやはりベッドメイクされていた。 |
朝食はお粥。またも銀のポットでウェイターのサーブ付き。でかいパパイヤまでついている。東京でこれをやったらいくらかかるだろう。これもまた2ドルである。 |
ホテルの玄関の上の部屋なのに、外から見えるベランダにロープを張って洗濯物を干す。洗濯物ごしにミャンマーの国旗がひるがえっている。 |
一階フロントの隣に売店があって、ミャンマーの土産物を売っている。なにか面白い景色はないかと絵葉書で探すのはザンボアンガでもやった手だ。 売店の観光案内をのぞいていたら不思議な写真があった。金色の大きな岩の上にパゴダが立っていて、男がその岩に手を触れている。どうやらその岩は手で押すと揺れるようだ。 |
この光景は、子供のときに見た記憶がある。たしか「世界の不思議図鑑」といったような安い印刷物だ。小学校に売りに来た本の中にあった。そのときは単色刷りのひどい写真だったと思うがたしか「揺れる岩の上の仏塔」とか書いてあった気がする。 |
あれは実在するのか。そして、この国にあるのか。 |
これはぜひ実物を見てみたい。なんの目的もなく来たミャンマーだが、ようやく見たくてたまらないものにぶつかった。とりあえず売店の売り子にその写真の場所の名前を聞く。さすがにホテルの売店なのである程度は英語が通じる。 「チャイトー」 「斎藤?」 「チャイ ティー オー!」と言ったように聞こえた。どういう字を書くのかはわからない。 |
フロントに行って「チャイティーオーにはどうやって行くのか」を聞く。 全ミャンマーのパックツアーがあってその中に含まれているという。いや、そうではなくて、そこだけに行きたいのだ。ミャンマー全土のなかでどのあたりにあるのか。 |
適切な地図はなかったが、日本人用のパンフレットを渡された。不正確かつ不整備なものだったが、手書きの鉄道図が付いている。「KYAI KHTI YO」と書くらしい。「チャイ チー ヨー」と読むのだろうか。とりあえず駅まで行って、そこまでの列車便を調べよう。 |
タクシーに乗って「駅まで」というと変な顔をしている。わからないので、ともかく行ってもらう。昨日渡った線路橋のところまで行って、そこを左に曲がるとすぐ駅だった。一分ほどしかかからない。変な顔をするはずだ。 |
ところが駅でさえ、英語がまったく通じない。切符売場の窓口でも英語は通じないし、インフォメーションもない。けっこう大きな駅だ。プラットフォームも何本もあるし、列車もいくつも入っている。これがヤンゴンの中央駅であると思われる。しかし英語での駅名表示は見当たらない。 |
制服の駅員に話しかけてみるのだが、まったく英語は理解されない。これは、列車で旅行するのはそうとう大変なようだ。いちどホテルに帰って作戦を立て直すことにする。 |
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駅の前には地元客用の食堂や雑貨屋がある。そこを歩いていくとホテルはすぐだった。 部屋に帰り、さっきもらった日本語のパンフレットを見直す。日本人が経営している観光ガイドの会社の広告が載っている。ガイドを頼むのは気に染まないが、町や駅の様子を見ると、この国を英語だけで旅するのは難しそうだ。しかたがない。その会社に電話することにした。 |
「チャイ チー ヨーに行きたい。日本語か英語のわかるドライバーを頼む。」 「ガイドも必要か?」 「ガイドはいらない。運転さえできればいい」 「わかった。英語が話せるドライバーがいる」 「それでいい」 「往復2日かかる。1日85ドル、2日で170ドル。宿泊費込みだ」 |
支払方法を交渉して、100ドル分をチャットで(240×100のレートとして24,000K)、70ドル分をFECで払うことにする。この国では人民貨幣を持っていてもメリットはないことがわかったし、FECも早く使ってしまいたい。米ドルがもっとも信用できるから、残り少ない現金は手元に残したい。 |
クルマが来るのは明日の朝7時だ。「普通は6時」というのだが、7時にしてもらった。ドライバーの名前はキン・マウンティ(?)、クルマは90年型のトヨタクレスタだという。 |
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