Tarakan
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黒いアタッシュケースを持って、ジャマーンが現れた。あいかわらず悪魔的な風貌だ。こちらに気付くが速度は落とさず、つかつかとボラック航空の席に着く。

え?え?
ああ、こいつがボラックの係員だったのか。

ようやく事情がわかった。メルデカ旅行社はボラック航空のタワウ代理店だったのだ。片方で切符を売り、片方で搭乗手続きもする。ヤクザと役人二足のワラジ、黒駒の勝蔵って感じだ。


タラカンまでの飛行機 しかし、それにしても。ひとには一時間前に来いと言っておきながら自分は遅刻するとは何だ。マレー人は人を待たせることを権力と思っているのか。むっとしながら搭乗手続きをする。悪魔は別に気にも留めていない様子。客はもうひとりの中国系マレーシア人と私。ふたりきりだ。

「ウジュンパンダンに行くのですか」
「いえ私はタラカンからバリクパパンへ行くのです」

ビジネス出張らしい。ほどなく搭乗の案内がある。
飛行場に歩いていくと、セスナがあった。この小さな単翼双発の飛行機で国境越えか。


エンジンは窓のすぐ外 客席は6つ。両側の窓に手が届く。
前の席に座ったので操縦士と副操縦士の背中に触れるくらい。
客が2人に操縦士が2人。まるでチャーターである。これでは料金高いのは当然だ。定期航路とは信じられない。


眼下のジャングル もうジャマーンのことなどは忘れている。
軽い音でぶるるんとエンジンが掛かり、小型機はゆらりと浮かび上がる。軽量なので安定感はないが、前方の雲に突っ込む時など実に爽快だ。「あ、雲」「いくぞいくぞ」「それーっ」という感じで白い綿菓子にぶつかっていく。

足下はボルネオのジャングル。流れているのかいないのかわからないゆったりした河が大きく蛇行する。深緑の湿原に藻色の太い蛇がのたくっているようだ。

遠く、煙のように雲が見える。「敵機はまず空の彼方に薄墨のように現れる」とゼロ戦の名パイロット坂井三郎の本にあった。この空域を空のエースも飛んだのだろうか。「薄墨のような」遠くの雲を見ながら往時のことを考える。

小型のエンジンはパラパラと鳴りながら島々の間を下降し椰子の立ち並ぶ町へ降りていく。国境の町、タラカンだ。



c 1998 Keiichiro Fujiura


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