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泊るはずのホテルでトラブル!?
しかし、そのおかげでもっと面白い目に会う。
山と山の間隔が開きはじめ、間の空が見えてきた。もうすぐドチュラ(峠)の下り道も終りである。山沿いに右手へ進む。目的地はワンデュポダンだが、まずは今日の泊りのロペンサという村へ行く予定だ。山を切り開いたような道に入るとホテルの看板があった。
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こじんまりとしたホテルの前には、けっこうクルマが並んでいた。祭りでもあるし、客は多いらしい。とりあえず荷物を降ろそうとすると、なんだか様子がおかしい。奥さんらしい人とカルマが揉めている。とはいってもカルマは真面目で気が弱いので、書類を見せて主張しかけても女主人になにか言われると目を伏せている。
「どうしたの」「部屋がないのです」「ない?」「予約はしてあるのですが」「ふうん」。別に良いホテルを期待していたわけでもないし、民家泊りでもいいと思ってたくらいだから、どこでも泊れればいいんだけど。
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押し問答をしているところに、クルマが一台戻ってきた。降りたのはでっぷり太った男。押し出しは「ざーやく」みたい。彼がこのホテルの主人である。名をタシクンガと言った。
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「あー、わかった。こうしよう」。話を聞いたタシクンガ氏は早速私たちへのネゴシエーションを始めた。「今日は二人で一部屋。バスルームも廊下の向こう。その代り、明日はいちばん良い部屋を用意する。だから今日は狭い部屋で我慢してくれ。それでOK?」
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主人はまるで「親分」のような風貌。
しかし、なぜここに豊登が泊ったのだろう?
異存はないけど、簡単にOKすると足元を見られるから一応部屋を見ることにした。タイではひとつベッドで寝たくらいだから同室なのはかまわない。主人は話を決めてすこぶる上機嫌だ。「あんたら日本人か。このホテルには、プロレスラーのトヨノボリが何日も滞在したことがあるぞ。」
豊登?なんでまたここに?このオーナーの風貌を見るとなにか黒いつながりのようにも思えるが。ようわからん。
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部屋は狭いしチープな内装だけども、まあ我慢できないことはない。とりあえず荷物を広げようとしているところへ、カルマが申し訳なさそうにやってきた。
責任感が強く、しかも臨時雇いのカルマとしては「しまった、、」と思ったらしく、顔も少し青ざめているようだ。「別に問題ないよ」となぐさめた。「ただ、ひとつだけ、風呂に不満がある」
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この部屋には風呂もトイレもなく、シャワーは廊下をはさんで向こう側にあった。共同風呂ではなくこの部屋専用だとキーを渡されて、見に行ったのだが、専用とはいってもシャワーの行き帰りにいちいち服を着るのではめんどくさい。資料によればこのホテルではドツォ(石風呂)ができるということだったから、交渉材料としてドツォを用意してもらってくれ、というのが私の注文だ。
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しかしカルマはなんだか釈然とした顔をしない。彼には別の提案があった。
「近くに別のホテルがあって、そこなら二部屋取れるが見に行かないか」。
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でかいワイヤレス電話で女主人は代りのホテルを探してくれる。
どうやらこの人がダブルブッキングの原因らしい。
ふーん。まァいいよ。いろんな部屋に泊るのも面白いから。と荷物を持って表に出る。クルマに乗るように言うので「遠いの」「いやすぐこの上です」。たしかにすぐ上、山側に隣接した建物だった。
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そこには、さきほどカルマと口論していた奥さんが待っていた。このホテルは彼女の妹が経営しているらしい。そういえばホテルの隣は工事中で新しい大きな建物を造っていた。タシクンガ一族は、どうやら景気が良いらしい。
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女主人が先頭に立って部屋に案内する。見せられた部屋は妙に広いが、薄暗く、なんだか湿っぽい。ベッドが二つ、ぽつんとした印象で置いてある。この部屋と、二階に同じ造りの部屋が用意できるという。
「どうする、、」
「どっちでもいいですねえ、、」
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オサム君とあまり納得しない顔を見合わせていたら、女主人はまた別の提案を始めた。「プナカに知り合いのホテルがある。そこは新しくてキレイだ。そこでどう?」。なんだかものすごく熱心な感じがする。どうもこの女主人が間違いの原因らしい。
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話を聞いてみると良さそうに思えたので「じゃあそこにしよう」と決めた。「ちょっと待って」と女主人は裏庭に立って電話を始める。庭で通話できるのはなんとワイヤレス電話だからだが、でかい。彼女の声もでかい。ブータンの言葉で話しているけれど内容は筒抜けだ。
「そうなの、エトメトで。困ってるの、部屋あるかしら、頼むわよ、うん、部屋、二つよ二つ、お願い」みたいな単語が聞こえてくる。大手代理店エトメトを相手にヘマをして後に響くのを避けたいのかもしれない。
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「あったわ」と笑顔で女主人がいうので「じゃ、また明日」。いちばんいい部屋ね、と念を押して再び車中の人となる。
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プナカはどこか高級住宅地のようで、
紹介されたホテルも掘り出し物。
YTホテルのあるロペンサはドチュラ峠からワンデュポダンに向かう途中にある。方向としては峠を降りて右へ右へ行く見当だ。右手は山で左が開けている。今度は山を左に見ながら少し戻り、山を下っていくのがプナカへの道である。
ロペンサ側の山は工事のせいか埃っぽかったが、プナカに近づくにつれしっとりとした雰囲気になった。樹々の緑も潤っている。さすが昔の「冬の首都」だ。
プナカは川の町である。
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川に沿った低い土地をクルマは走っていく。両側を山に挟まれた盆地だ。白樺のような樹が立ち並び、馬が放牧されている。避暑地の風景。川に向かって細い道を入ると「DAMCHEN RESORT」の看板があった。
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コテージのような宿棟があり、中央に食事ロビーがある。オーナーという中年男が出迎えて「どうだ、ここでいいか」と聞いてくる。OKと答えるとニコニコしてクルマで帰っていった。
部屋は平屋を一部屋づつ。なかなか風情のあるホテルだ。まだできて間もないようだが、これは日本に紹介されたら人気が出るんじゃないかな。
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もう時間があまりない、とカルマが少し急いでいる。ゾンが閉まる時刻が近づいているようだ。とりあえず日のあるうちにプナカのゾンまで出かけることにする。
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緑の中に柵に包まれた建物があった。高校だ。そこから出てくる生徒たちの身なりもよいし、顔も利発そうだ。「このあたりには裕福な人がたくさん住んでいます」とカルマが解説する。そうだろうな。見ていると生徒たちは校門前からタクシーに乗っていた。
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ゾンの手前に格好のヴューポイントがあった。そこからプナカ城を望む。
「偉大だなあ」
二つの川に挟まれた州にゾンは立っている。州と呼ぶのはふさわしくないかもしれない。半島というか突端というか。川の合流点に突き出したかたちで巨大な城がそびえている。それは巨船のようだ。
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「この川はとてもカヤックによいのです」
カルマはアウトドア男なので、ときどきこういう解説をする。右が男川、左が女川といいます。
「やっぱり女川のほうが流れが穏やか?」
「そうですね」
「カヤックにはどっちが面白い?」
「んー、どちらもそれぞれ面白さがありますが、私は女川のほうが好きです」
「そう?流れが激しいほうが面白いんじゃないの?」
「あたりの景色が楽しめますから」。
カルマはアウトドアにあっても穏やかな人間のようである。
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城前にはたくさんのクルマが停まっており、外国人観光客も多かった。それを目当てにした物売りもいたが、時間がないのですたすたと吊り橋を渡る。少し雨も降りはじめている。いつもと同じくカルマだけが建物へ同行しミンジュは駐車場で待つ。
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ゾンの門には軍人が常駐していて、外国人が入城するときは記帳を求められる。その門番が「カメラは持ち込み禁止だ」というのでカルマは急いで橋を渡りクルマまで置きに行ってくれた。プナカのゾンはパロのそれと比べて俗化していない感じだ。ヲサム君はパロで人種差別された恨みがあるので、待ちながらも「こうでなくちゃ」と我が意を得た顔をしている。
もう閉門の時間は近いという門番を、走って戻ってきたカルマは「記帳は出てきてからする」となだめて、さっさと城内に入ることにした。
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プナカのゾンは至るところ工事中だったが
それにも関わらず荘厳な空気が漂っていた。
川に挟まれた地形のためか、この城はいくたびも水害に会い、また火災などもあったらしく現在も修復中である。寺院内でもたくさんの工事が行なわれていたが、それにも関わらずこのゾンの威厳ははっきりと伝わってくる。中ほどのところに建造中の伽藍があった。床が汚れているので土足のまま入っていいということであったが、すでに仏像が安置してあったので土足では落ち着かず、裸足になって入り直した。
大きな像である。厳かで柔和な顔をしておられる。何仏であるか、私にはわからない。そのまわりにも様々な仏像が置かれている。悪鬼を踏み据える神。下半身が三角錐状になって新生児の身体に宿る神。あまり馴染のない多くの神の像を見た。
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閉門の時刻が来た。山門を出て城の裏手を見ると穏やかな土地が広がっていた。川の向こう側、高校のあるほうは発展しているのに、城の裏手のほうは古代の面持ちである。こんもりした森の中に入る小道がある。あたりは柵で囲まれている。あの森の中になにか大切な建物でもあるのだろう。
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門外に小さな社があった。それも参る。壁画は例の如く中心に主仏を大きく置き、周りに僕神を配置する構図である。見ると僕神の中に象の顔をした姿がある。「これはガネーシャか」「そうだ」。ヒンドゥの神も従えている、ということか。
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