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島が見えてきた。少し揺れが強い。シャワーを浴びている人がいる。案外多
い。10分で200円だという。外に出て海面を見ると水が蒼い。天気はあまり良
くなく視界は白いが、それでも行く手に見える島影は相当大きい。
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下船時刻が近付いたので皆船べりに出てくる。これまで見かけなかった客は、
特2等や1等の乗客なのだろう。カップルや外国人客、いかついスキューバの
バッグを持った人。御蔵島で下りたのと同じくらいの人数か。
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大きな島だ。目立つ派手なビルがある。ホテルかな。「東京と同じ」という
言葉を思い出す。「御蔵島とは全然違うね」「うん」。底土港は背の高い
クレーンがいくつも並ぶ大きな港だった。小雨の中ばらばらと下船。
それぞれが迎えの車に乗っていく。
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満天望のオーナー、クロサカさんは港の入り口に待っておられた。「大変
でしたね」「ええ、でも、ハプニングもまた楽しかったです」。立派な道路
があって、両側に美しい樹が植えてある。気温も高く「南国」の風情だ。
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八丈島には東西二つの港がある。西が八重根港、東が底土港だ。今日は底土港
に着いたので、クルマはいま島を横断するように西に向かっている。
「このあたりが中心地です」。素晴しい道にぽつぽつと商店が建ち、ときおり
不似合いなほど大きな建物やパラボラアンテナが出現する。
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緑は濃く、湿度は高そうだ。森のような一角があった。「ここは陣屋跡です」。
その先に丸い石垣が見えてきた。これが玉石垣といって八丈島の観光スポット
だそうな。そういえばポスターもこの場所で撮ったものだ。なんとなく
「石垣島」とか「黒潮文化圏」という語を想起する光景。
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クロサカさんはゆっくり運転しながらひとつひとつ説明してくれる。「八丈の良
さを知ってもらいたい」という熱意を感じる。それなのにこちらは、申し訳
ないことに「朝飯を食ってないなあ。昼は島寿司で、その後温泉へ行って、、」
みたいなことしか考えていない不甲斐無い一行なのであった。
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為朝神社の角を曲がると為朝の耳跡という石があった。「あんなに大きな耳
のわけないよね」と言いながら緑の間の小径を行くとそこに本日の宿「満天望」
があった。「立派な建物ですねー」。ホテルとかペンションというよりは、別荘
といったほうがふさわしい。良い材質を使って隅々まで気を配って作られた山荘
が目の前に現れる。
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山荘と書いたが、ここは海のすぐ近くなのであった。まわりが濃い緑
なのでそう感じたが、部屋に入ったら窓から海が見える。部屋の調度も細
かいところまで趣味の良さが行き届いている。
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明るい色の木目が映える食堂でお茶をごちそうになる。テーブルや椅子は
北欧家具のような柔らかい曲線だ。「この木はなんですか」「これはヒバです。
ヒバは白蟻に強いので」わざわざ遠方から木を運ばせて建てたんだそうだ。
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「さて、今日は何をします?」クロサカさんはいろいろ島の資料を
持ってきてくれた。「いやあ」「とくにないんですが」と自堕落な四人組
はあまり建設的なことを言えない。「とりあえず島寿司を食べて温泉に行
こうかと、、」
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「島寿司は今晩出そうと思っているんです」「あ、じゃあなにか別
のものにします」もともとあまり根拠のある希望でもないからカンタンに撤回
するのである。「では、樫立にある八丈料理店がいいでしょう。温泉は露天の
『見晴しの湯』というのがありますが」「あ、それがいいです」。これで
「食う」と「風呂」は決まった。
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あまりに怠け者の一行に、クロサカさんはもっと八丈島の良さを知
らせたくなったのだろう。「夜、光るキノコが見られるんですが、見に行
きませんか」「へえー」「行きます行きます」。
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「ではガイドに連絡しましょう。私はまだ夜の森は自信がないから」と、
クロサカさんは電話をかけにいった。のだが、ほどなく戻ってきて「残念
ながら、6月から、ということです」自然保護のために時期を
限っているらしい。「それは残念」「でもしかたないですね」
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「それでは、蛍を見にいきましょうか。蛍のいるところまでなら私も案内
できるから」「ホタル」「いいですねえ」「お願いします」
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満天望はランチタイムにはレストランとして営業するのだがそれ以外の時間なら
送迎をしますよ、とおっしゃる。至れり尽くせりだが、地図を見るとこの近くを
バスが通っていて一時間半に一本くらいはあるようだから「行きだけ乗
せていってください。帰りはバスの時間に合わせて帰ってきます」
ということにした。
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とはいえ、まだ朝飯の時分である。食堂が開くのは11時だから、1時間
ほどこのあたりを散歩することにした。「海に行ってみよう」
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