ふじうら旅日記

2日目 その3






宿に帰ってロビーでぼーっとしていると葬式の列が通り過ぎていくのが見えた。 島を出て東京で亡くなった御子弟の、遺骨が帰ってきての葬式らしい。「島で死 んだ場合はいまでも土葬なんです」。そういえばこの島の地図に火葬場はない。一行 が向かっている墓地は、ヘリポートのすぐ近くである。

さきほど食堂で会った方がロビーでヘリコプターを待っていた。おしゃれな 木製の鞄を持っておられる。この人は絵描きさんで、八丈島での個展の最終日 なので作品を引き取りに行くところなのだそうな。「送ってくれるように頼 めば済むのですが」とはいってもやはり行けるものなら行きたいであろう。 しかし今日の天候でヘリコプターは飛ぶのだろうか。

「今日のパイロットはサトウさんだから、飛ぶでしょう」とフロントの人が 言う。「操縦士によって違うものなのですか」「ええ、サトウさんはわりあい 悪天候が好きなんです」。「得意」とか「平気」ではなくて「好きなんです」 と言われるのもどうかと思うけどなあ。

葬式の列が戻ってきた頃「ヘリが来ました」という連絡が来て、絵描きさんは 「それじゃ」と急いで出て行った。さすがサトウさんだ。

駐在さんがちょっと立ち寄って「すぐ来るから」と合図してくれたすぐ後へ、 頑丈そうなおじさんが顔を見せた。「南郷へ?」「はい、お世話になります」 みんな手にペットボトルを持ってクルマに乗り込む。ペットボトルはこの宿所で 買った「御蔵の源水」。御蔵島は良水が売り物だそうだが、その良水のなかでも 南郷に自慢の水があってそれを汲みに行くという話なのでもうポットボトル はからっぽにしてある。

「南郷山荘」と書かれたバンが停まっていた。気さくで話好きなおじさんだ。 「いつもは一人で行くんだけど、今日は葬式だから気味悪くって」。ちょうど良 かったと言ってくれる。こちらも気が楽になる。

霧が濃くてよく見えないが、なんだかすごく立派な道だ。南郷という集落 にはいま人が住んでいなくてこの南郷山荘が一軒あるだけだから、 「うちだけのために何十億円も使って道を作ったという人もいるよ」

気が付くと後ろからパトカーが着いてくる。おじさんは途中でクルマをとめて 駐在さんに美味いアシタバの生えている場所を教えている。「101」という標識 が着いていたので私たちもしっかり覚えた(取りに行くのはタイヘン だけど)。おじさんの説明によると「西日のあたる場所のアシタバは固い。朝日 だけが当たって後は陽が当たらない場所のアシタバは柔らかくて美味い」 のである。

「しかしアシタバよりうまいのはアザミだ」「アザミ?トゲはないんですか」 「ない。石原慎太郎なんかアザミばっかり食っとった」。おじさんの話には 有名人がいっぱい出てくる。石原、青島、鈴木の歴代の東京知事、大手商社の 社長、宮様の一族。彼らは皆これから行く山荘を訪れて、泊ったり昼寝 をしたりするという。

なんだかすごい話になってきた。その山荘にこれから私たちも行くのか。





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