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明け方、小さなアナウンスがあった。もうすぐ途中の島に着くらしい。ここで降
りるわけではないから、と再び寝ていたら妙な内容に変わった。
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「本船はまもなく御蔵島に到着します。
なお、本日八丈島へはケッコウとなります」
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ケッコウ?(雨天)決行? まだ朝の5時前である。さっきまで飲んでいた頭はこの
事態を前に判断に苦しんだ。あ、欠航か。
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「残念ながら」とも「申し訳ない」とも言わない、淡々としたアナウンスだ。
他の3人は眠っている。とりあえず売店に行って情報を仕入れる。
「八丈へは行
かないんですか」「はい。東京へ戻ります」「御蔵島で降りたらどうなります」
「明日のこの船を待つことになります」「漁船に乗って行くなんていうのは」
「ありません。ただ、ヘリコプターがあります」「いくらですか」「1万2千円
です。ただし飛ぶかどうかは天候次第です」
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つまり、・このまま東京に戻る・明日まで御蔵島で待って一日遅れの船に乗る・
ヘリコプターで行く、という三つの選択肢があるわけだ。「ヘリに乗る人が12
人集まったら一人1000円になるわけですね」「、、、一人、1万2千円
です」。私もまだ寝ぼけていた。
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そうこうしている間にも御蔵島が近付いてきた。船内も少
しざわざわしはじめる。船室に戻ると3人も目を覚ましていた。「降りるぞ」と
手早く説明する。細かいことは別としてともかく「降りる」と決めて荷物
をまとめる。
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夏のころでまして南の海だから早朝5時でも空は明るい。少し小雨のようだが波は穏やかだった。
はじめから御蔵島で降りるつもりの人はすぐ迎えのクルマに乗って、後に八人残った。私達四人と、釣り人三人、それから上着を着てひげをはやした大学教授のような人だ。
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他にも数人の客が一度港に降りたものの再び船に乗って東京に帰ったらしい。
釣り人と教授(ほんとは絵描きさんだと後でわかった)も、まだなんとなく意志
が決まらずとまどっている様子だ。雨具を着た駐在さんが「君
たちはどうするのか」「八丈島には何をしに行くところなのか」と訊いてくる。
なんだか職務質問みたいだが「八丈島にはとくに用事はない」「今日はこの島で
一泊して明日の船を待つつもりだ」と告げる。
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意思表示が早かったせいか、「そうかわかった」と港湾事務室のような建物に連
れていって宿の手配をしてくれる。こちらはもう腹が決まったので、どうせ急
ぐ旅でもなし、こういうこともなければ来ることもなかったこの御蔵島を見物
してみようという気になっていた。
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「村営の『御蔵荘』というのがあいているが」「あー、もうそれで結構です」。
それでは送って行こう、と駐在さん自らパトカーで宿まで送ってくれた。途中
で話をする。この島に警官はひとりしかいない。自分は3月にこの島に赴任
してきたばかりだ。出身は世田谷だそうな。
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話をしているうちにすぐ『御蔵荘』に着いた。港を見下ろす斜面の上である。
この島の村落はおおむね全てこの見える範囲にあるらしい。部屋はきれいだ。
さて、まだ6時前だし動くには早い。とりあえずビールでも飲んで寝ようと軽く
酒盛りして、9時まで寝ることにした。
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