ふじうら旅日記
2日目
その2
異教徒を包み込むゴスペルパワー、
想像をはるかに超えるディープな体験。
タクシーはまず西、つまり湖と反対の山側に道をとり、そこでハイウェイに入ってどんどん南に走る。道路表示に「Saint Louis」なんていう文字の見える自動車道だ。相当遠くまで行くのを覚悟していると、やがて一般道に出た。
郊外だ。ビルなどはなく、アーリーアメリカンな木造家屋が並ぶ、普通の住宅地だ。その一角に目指す教会はあった。
「さて、どうやって帰ろうか、って感じだな」
「帰りはまたそのときに考えましょう」
教会の入口を探していたら駐車場の警備をしている老黒人が、向こうだ、と教えてくれた。入口に近づくと盛装した黒人が三々五々と集まってくる。
ほんとに盛装なのである。服の色は概ね黒か白か灰色。たまに赤の人もいるが、だいたい無地で上下揃いの生地だ。純白や上品な灰色のスーツでびしっと決めて胸にスカーフまで入れている老人。髪飾りや帽子で着飾った太ったおばさん。頭のてっぺんから靴までドレスアップしているが、結婚式のようにケバケバしくはない。どこか重厚な服装だ。
異教徒の身としてはやや伏目がちに、黙礼しながらその盛装の列の後ろに従う。
教会に入ると、前に祭壇、右手にバンドスタンド。ちゃんとドラムセットがある。BGMにゴスペルが流れていて、早くも手拍子を打って盛り上がっている人がいる。マイ・タンバリン持参だ。
人々はにこやかで、声をかけあったり、握手したり、ハグ(抱きしめ)しあったりしている。毎週会っているのかもしれないが「ひさしぶり」「元気だったか」というニュアンスがある。
そのうちに儀式がはじまった。長老のような人たちが十数人前に出てきて、交代で話をしていく。そのひとりがすごくファンキーで、手足をばたばたさせたり倒れてみせたりする。そのたびに聴衆はすごく盛り上がる。
長老なのでだいたいは老人だが、いろんなタイプの人が、少しづつ話していく。間があくごとに「イエィ」とか「エイメン」とか「ハレルヤ」とかレスポンスがあって、場内の興奮は徐々に高まっていく。
説教の途中で歌になったり、朗読そのものが歌のようだったり、伝道師が一節だけ歌うと続きは聴衆が引き受けて歌い、それが説教の背景歌のようになったり、ほんとうに音楽的な祝祭である。
途中で「Recognition of Visitor」という行事があって、遠来から来た人たちは立つ。ふさわしくない服装なので気まずかったが、立ちあがって拍手を受けた。
外は晩秋から初冬の気候なのに教会の中は熱気にあふれていて、かなり暑くなった。聖歌隊の人たちも手に持った紙を扇のようにしてあおいでいる。
説教の内容はよくわからないものも多かったが、「私たちはお互いを必要としている」というメッセージの内容は印象深かった。儀式の途中で何度か、近くの席の人たちがハグをして「God Bless You」と祝福しあう。
私たちも前後の太ったおばちゃんたちとハグしたが、これはなかなか感慨深いものがあった。さびしい人、愛を求める人にはたまらないだろう。
メインで話した伝道師のパワーがすごかった。1時間以上ひとりでしゃべってまったくダレない。主題は聖書の一節の朗読とその解説ということなのだが、ラップのように機関銃のごとく話したり、歌いはじめたり、ものすごい話芸だ。
バンドもちゃんとその話に合わせて薄く音を入れたり盛り上げたりする。編成はドラム/エレベ/オルガン/もうひとりのキーボード/ギター。盛り上がったときはきっちりファンクになってベースはスラップで弾いたりする。
音楽が盛り上がると聴衆は興奮して立ちあがるのだが、するとこの伝道師は少しテンションを下げて、なかなか爆発の機会を与えない。じわじわじわじわ長丁場を盛り上げていく芸には、ほんとうに感心した。
儀式の最後には寄付やボランティアの募集。寄付は封筒に入れて出すのだが、ちゃんと金額と名前を書いて出し、受け取った伝道師はその場で金額を言うのだった。
賽銭のように「神が知ればよい」という無名のものではなく、祭の寄進の書き出しのようなものに感じられた。
10:30からはじまって、1時くらいに終るかと思っていたらけっこうなパワーで案外長い儀式だった。私は、ヲサム君が「きょうの午後は美術館に行きたい」と言っていたのを思って、大丈夫かなと気にしていた。本人は圧倒されていて、それどころではなかったらしい。
式典の最後のほうで、小さな、コーヒーに付くミルクパックのようなものが配られた。蓋に小さなセンベイのような餅、中にワインが入っている。
伝道師の「キリストの血を皆で分け合おう」という言葉とともにその聖餅を食べ、ワインを飲んで「エイメン」というと、なんだかとんでもない契約をしたような気がする。異教徒がこんなことやっていいのか?
別れ際にまた多くの人とハグや握手をし「Come Back Again」と言われる。「ここが家なのだからまた戻っておいで」というニュアンスだ。
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